来年の4月30日で『平成』が終わるということで、今年は何かと『平成最後の○○』という言葉が使われました。
このことが示すことは、平成天皇が譲位するということです。
平成天皇が2年前の夏に譲位の希望を表明した後しばらくは、天皇に関する議論も盛んに行われていたのですが、最近はそのような議論がほとんど行われていません。
私が以前に書いた天皇に関する記事も、当時は某掲示板で取り上げられ、それなりに話題となったのですが最近はあまり見にくる人を少ないようです。
現在、天皇家で男系の血筋を繋げられるのは、悠仁親王しかおらず、女性皇族も少なくなる一方です。
そのため、女系天皇を認めるか、または女性宮家を創設するかなどについて、決めなければいけない時間的猶予が迫っています。
にも関わらず、なぜ天皇に関する議論が進んでいないのでしょうか?
私はこのことに大きな疑問を感じているので、平成最後の大晦日に、天皇の問題、主に女系天皇の問題を取り上げたいと思います。
まず、天皇に関する議論をする際に、日本の天皇家は2000年、場合によっては2500年続いているなどと主張をする人がいますが、これは神話の中の人物である初代天皇の神武天皇から数えたもので、信ぴょう性を伴うものではありません。
日本では、建国記念の日も神武天皇が即位したとされる神話の話をもとに制定されていますが、建国記念日に神話の話を採用しているのは、世界でも日本と韓国ぐらいなものです。
こういった神話を丸々信じての議論を進めることは、さすがに根拠に欠けると言わざるを得ないでしょう。
明治天皇の女系の子孫(正確には恒久王妃昌子内親王の子孫)である作家で、天皇家は2000年以上続くことは確実など主張している人物がいますが、その人は一方では韓国を激しく批判しています。
韓国がよく行う“何でも起源論”などについても、頭おかしい国などと批判しているのですが、一方で自身は神話部分の天皇家の家系を信じているのです。
これは、本来なら完全に相容れない考えで、自己矛盾を起こしていると言えます。
またその人物は、女系天皇も強く反対していますが、神話の話をするのなら天皇の祖先である天照大御神が女性の神であり、この点でも自己矛盾が起きてるのです。
天皇関連の討論番組などにこの人物はよく呼ばれているのですが、ハッキリ言ってこの人は討論に参加するに値しないので、天皇論についての話をするテレビ番組などには呼ばないようにしていただきたいと思います。
天皇家に関するを議論をするなら、歴史的事実を伴ったことを前提に議論を進める必要があるかと思います。
実際に天皇家の家系が続いていると思われるのは、継体天皇(推定在位:507年3月3日~531年3月10日)からであり、このことを前提として話を進めなければなりません。
それ以前の天皇及び天皇家の家系に関しては、男系女系以前に、実在すらも不確実となっています。
そもそも文字がない状態では長い歴史を残すことは不可能なので、日本で初めての書物と呼ばれる記紀が書き始められる少し前からしか日本の歴史はわかっていないのです。
ただし考古学や歴史的な見地から、弥生時代までは日本全体をまとめるような王朝はいなかったものと考えられています。
いずれにせよ、天皇家は1500年近くに渡って続く家系で、更に男系で繋いできた家系であるということがほぼ確実視されています。
更に直系が優先され、天皇の三世孫(天皇の子の子の子)までで継承されてきました。
つまり天皇家として認められる人は、親か祖父か曾祖父が天皇である男系の男子が条件ということです。
現在において、親、祖父、曾祖父が天皇である男系男子皇族は、
皇太子である徳仁親王(父親が平成天皇)
秋篠宮の文仁親王(父親が平成天皇)
文仁親王の子である悠仁親王(祖父が平成天皇)
常陸宮の正仁親王(父親が昭和天皇)
の4人だけで、年齢的に今後子孫を残せるのは悠仁親王のみとなっています。
これは、女系を認めなければ天皇家が継承できないことを意味すると考えて差支えがありません。
この問題について、戦後に皇籍を離れた旧宮家の皇籍復帰を訴える人も多いですが、旧宮家の家系である伏見宮家は以前も書きましたが複数の問題があります。
1つ目の問題は、皇籍を離脱し一般人となって70年以上が経過していることです。
2つ目の問題は、旧宮家の家系は、現在の嫡子が崇光天皇からの20世以上離れた子孫となっており、その間に天皇を輩出していないということです。
旧宮家(伏見宮家)は、1500年間三世孫までの継承してきた従来の天皇家とは、明らかに違う家系と言えます。
視覚的にわかりやすくすると、現在の旧宮家は、
天皇の子の子の子の子の子の子の子の子の子の子の子の子の子の子の子の子の子の子の子の子
の家系ということです。
ハッキリ言って、ここまで遠い子孫を天皇として認めるのなら、もはや天皇は誰でも良いと言っているのと等しくなります。
3つ目の問題は、伏見宮家が江戸時代に断絶しているという疑惑があることです。
伏見宮家は、1654年に10代、11代、12代の当主が次々に亡くなったのですが、その際に突然10代当主の貞清親王の子供(今で言う隠し子)として1人の鍛冶屋見習いが呼び出されました。
以後の伏見宮家は全てこの鍛冶屋見習いの子孫ということになるのですが、この家系の継承について強い疑惑の目が向けられているわけです。
今となってはその疑惑の答えはわかりませんが、このような強い疑惑があること自体が問題です。
もし、男系にこだわって旧宮家を皇籍復帰させ、その家系から天皇を輩出すれば、100年後や200年後に日本の庶民が天皇に対し、
『天皇家は実は鍛冶屋の子孫なんだぞ』
『天皇家なんてとっくに系統が切れてるんだぞ』
とささやかれるような状況になりかねません。
このようなことがあっては天皇の権威が著しく貶められ、日本統合の象徴にはなりません。
一説には、現在の人が1日で得る情報量は平安時代の一生分と言われており、このような情報社会の中で伏見宮家に関わる疑惑を隠し通せるわけもないのですから、旧宮家から天皇を誕生させれば絶対に問題になります。
そして最大の問題は、現在のメディアがこの旧宮家(伏見宮家)にまつわるの問題について、戦後の皇籍離脱の議論しかしていないことです。
極々稀に天皇から家系的に離れすぎているとの議論が出てくることもありますが、鍛冶屋の問題は完全に無視されています。
復帰したら確実に問題になるにもかかわらず、この問題を無視し続けるメディアの姿勢には疑問を感じざるを得ません。
私は女系天皇推進派などではなく、むしろ男系天皇を推進している人間ですが、万が一でも鍛冶屋の家系になるぐらいでしたら、女系のほうがはるかに良いと思います。
伏見宮家系以外の家系で天皇家の子孫を探す案もありますが、その場合、最低でも1687年5月6日~1709年7月27日まで在位した東山天皇からの家系まで遡らなければなりません。
伏見宮家は天皇から600年ほど離れているため、およそ300年前の天皇である東山天皇からの家系なら半分になりますが、それでも離れすぎで10世孫ぐらいになってしまいます。
しかも、200年ぐらい前には皇籍を離れ一般人になった家系なので、結婚についての管理がされておらず、家系を繋いでいる男子がどのような恋愛をしてきたかも、その結婚相手の過去がどういうものかもわからないわけで、家系の信頼度は決して高いものではありません。
結局、旧宮家(伏見宮家)と同じで家系が途切れているという疑惑が付きまとってしまいます。
ハッキリ言えば、側室がなければ男系天皇の維持は不可能です。
しかし、現在の社会通念的に側室の採用は無理でしょう。
そんなことをしたら、それこそ国民からの尊敬の念を集めない天皇が誕生するだけです。
結論からすると、女系天皇を認める以外に天皇制を維持する道はないのです。
男系を繋げるための努力は当然するべきですが、将軍家や藤原家などの著名な家系も、今では認められないような無理をして強引に家系を繋げている部分もあるわけで、しかもそのような方法を用いても、男系の血筋は切れるときは切れてしまうのです。
これは人間の本質的な部分であり、どうすることもできません。
そして万が一に旧宮家の皇籍を復帰させたとしても、それでも側室がなければ男系を繋げるのは無理な話で問題を先延ばしにしているに過ぎず、いずれは女系天皇を認めなければならない事態に陥るものと思われます。
結局、女系天皇を認めなければ日本の天皇制は終わるのです。
にもかかわらず、頑として女系を認めようとしない日本の保守勢力の姿勢には呆れるばかりです。
女系天皇を認めない保守の人は、天皇家を潰したいと思っているのかとすら感じます。
既に『女系天皇を認めない』は『天皇制を廃止したい』と同意語になっていることを、男系推進派の人たちは理解するべきでしょう。
それでも女系を認めたら一般人の血筋になると主張し、旧宮家の皇籍復帰を望むというのなら、伏見宮家に関する鍛冶屋の問題を完全解決しなければなりませんが、今となってはそれも不可能な話です。
また、中にはこういった議論は実際に問題が生じてから進めればいいという人もいます。
しかし、現在の皇族の中で悠仁親王は最年少の皇族です。
普通に進めば、悠仁親王より年長の女性の皇族が先に結婚し皇籍を離脱してくわけで、問題が生じたときは悠仁親王が最後の皇族になっている可能性が極めて高いわけです。
にもかかわらず、問題が生じてから議論を進めればいいなどと主張する人が保守勢力の中にもいることには、大きな驚きを隠しえません。
こういった人たちは、もはや天皇制廃止に動いている勢力と見なして問題ないかと思います。
私が主張していることは、男女平等や男尊女卑などの観点や万世一系の考え方などといった話ではなく、単純に男系のみでの天皇家の継続が既に不可能になっているという単純明瞭な話です。
こういった状況で、天皇を大切にすることが信条な保守勢力が本来すべきことは、女系天皇でも問題がないことを積極的に世論に訴えることなはずです。
しかし現在の保守勢力は男系の天皇にこだわる人が極めて多く、真逆の議論を展開しています。
男系にこだわることは、天皇制維持に対して非常い危険な議論を招くということに、男系推進派の保守の人たちはいい加減気付くべきだと私は思います。
以上、来年は天皇に関する議論が進むことを望み、今年のブログを終わらせたいと思います。


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